2019年05月19日

源頼朝も誤嚥性肺炎だった?(吾妻鏡、猪隈関白記、承久記を総合すると)

源頼朝は我々の世代の人にとっては、いいくにつくろう鎌倉幕府と言う事で1192年に後鳥羽天皇によって征夷大将軍になったひとです。

私が高校1年生の時の大河ドラマ「草もゆる」で石坂浩二さんが源頼朝の役をしていました。

その中で、本格的に源頼朝について、色々なことをしりました。そして、タイムリーなことに高校の古典の授業もあり「吾妻鏡」などの話題もでてきてました。

吾妻鏡によると、源頼朝は相模川橋供養の帰りに、落馬して床に伏したということです。

そしてその原因は、いまの科学、医学から総合して考えると脳血管障害だと考えられます。

つまり、脳卒中により落馬したものと考えられます。

そして、その落馬から17日後に死亡しました。

落馬以降、いったんは回復したけれども、療養中に水を誤嚥して亡くなったといわれています。

つまり、今の科学、医学歯学から考えると誤嚥性肺炎で亡くなったと考えられています。

誤嚥性肺炎の原因の多くは、口腔内、口の中の細菌が誤嚥性肺炎の原因菌になります。

ですので、今の社会であれば、歯科衛生士などが口腔ケアを行なってある程度口腔内の細菌のコントロールは可能ですが、当時は、歯磨きという考えもほぼ無かった時代ですので

特に身分が高い人には歯周病なども多かったのではないかと考えられています。(時代は少し後ですが足利尊氏が汁物を飲んでいる時、前歯がポロッと汁物のお椀の中に落ちたということも記されていますので、歯周病でグラグラした歯が抜けたと考えられます)

鎌倉時代には、歳をとって誤嚥性肺炎になる以前に、色々な病気やアクシデントでなくなる人も多かったとおもいますが、歳をとれば、やはり鎌倉時代も誤嚥性肺炎で亡くなる方もある程度いたのではないかということは、想像できます。

そして、源頼朝も歯科衛生士などによる口腔ケアを受けられず誤嚥性肺炎でなくなったひとりであるのではないかとおもいます。(北条氏による毒殺説のほうがストーリーとしてはおもしろいですが)