2019年01月08日

歯医者いらずとも言われたお歯黒(おはぐろ)

日本には、お歯黒という文化がありました。かなり長い期間この習慣が続いていました。

このお歯黒は、地域によっては、第二次世界大戦が終わった直後ぐらいまであったといわれています。

奈良時代の宮廷文化からはじまり、貴族の文化として定着して、今川義元までおこなっていたそうです。(今川義元の人質で今川義元に、敢えて甘やかされて育てられたと言われる徳川家康は、お歯黒をしていたかは、不明ですが、つげの木の入れ歯をしていたということで、当時の入れ歯師につくらせていたらしいです。当時は今の歯医者に相当する職業はありませんでした)

江戸時代には、一般庶民にも広がりました。そして現在我々が知るお歯黒に落ち着きました。

それは、既婚の女性がするものとして定着していました。

歯医者がいなかった当時としては、このお歯黒は、虫歯の予防効果、進行を止める効果がありました。(今で言う歯医者という職業は、当時はなかったですが、当時は、入れ歯師と口中医という職業がありました、今の歯医者は、この入れ歯師と口中医の両方をしているような感じです)

また歯周病の予防にも効果を発揮しました。

江戸時代の婦人は歯が黒ければ黒いほど美人とされていたので、歯を黒くする努力をかなりしていたようです。

結婚または婚約して、黒くし始めて数年は、黒くなりにくく、手入れして黒さをたもつのは、かなりの時間と努力が必要で、黒くするためには、歯の表面にの汚れを、きれいに取りのぞいてからでないとくっつきがよくないため、楊枝や、色々な器具、道具をつかって歯垢も含めて口の中を、きれいにしていたようです。

それとお歯黒のむし歯予防の効果と、虫歯の進行止めの効果があり、そして食後には、フッ素がたくさん入ったお茶を飲んでいました。それで、お歯黒している人は歯医者いらずといことになったのでしょうか?(歯医者という言葉は、明治になってできたことばのようです)

明治の初期に太政官の命令にチョンマゲの廃止と、刀の廃止ともう一つは、お歯黒の廃止があったそうです。日本での初めての歯医者も明治の初期に誕生日しておりますが、お歯黒などの影響でそんなにむし歯も多くなっかたようです。ですので歯医者の数は、かなり少なかったようです。

お歯黒の成分は、タンニン、第一鉄などということらしく、今でも、色々な歯科用セメントのなかにあります。昔、20年ぐらい前まで、歯医者が、子どもに塗っていたサホライドという虫歯の進行止めも(歯医者がこの進行止めをぬったらしばらくして黒くなるもの)、この成分ですので、当時としても、かなりむし歯の減少に寄与したものとおもわれます。